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私とコーヒーの、美味しい関係。

母になっても、私の一杯 ― 戦士ならぬママのコーヒー時間|Cafe ginger⌘ginger

母になっても、私の一杯

朝の光が、まだ少し眠たげに差し込む。

小さな足音が聞こえる前に、私は台所でお湯を沸かす。

カップを温め、豆を挽く。カリカリと鳴る音が、心の奥のざわめきを整えてくれる。

母になってからというもの、毎日は「誰かのために」で埋め尽くされていく。

食器を片づけ、洗濯を干し、予定を確認して。

自分のために何かをする時間は貴重で、ようやく見つけても、

すぐに中断しなければならないことも多い。

そのたびに「またできなかったな」と、心の奥が少し沈む。

でも最近ようやく気づいた。

自分のために何かをする時間は、ただの時間ではなく、心の栄養だったということ。

娘だけでも、夫だけでも、自分だけでも成り立たなくて。

「私」という存在は、そのすべての要素でやっと形になるのだと。

だからこそ、コーヒーを淹れるこの数分だけは、

“私”に戻るための小さな儀式のようなもの。

湯気が立ちのぼる瞬間、

あの頃の自分――まだ母になる前の、夢中で働いていた日々の私――が、

「おかえり」と微笑む気がする。

コーヒーの香りが、部屋の空気をやわらかく包み込む。

この一杯があれば、今日もやっていける。

カップを置くと、リビングから小さな声が聞こえる。

「ママー」

その呼び声に振り返ると、私は再び“母”になる。

それでもいい。

母である前に、私はひとりの私として、

この一杯を淹れる時間を大切にしていたい。

コーヒーを飲む時間は、戦士の休息。

戦士ならぬママ。家庭は、母にとって職場であり、戦場であり、天国でもある。

だからこそ、この一杯がくれる静けさを、私は何よりも大切にしている。

ほんの数分のコーヒー時間が、どんな言葉よりも

「大丈夫」と教えてくれるから。



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